正解を知らないAIが「知ったかぶり」をする
「ChatGPTに物件紹介文を書かせたら、このマンションには存在しない『床暖房』が完備されていた」 「AIが作成した重要事項説明書の特約案に、架空の法律用語が使われていた」
現在、不動産業界でのAI活用は当たり前のものとなりました。しかし、その裏で深刻化しているのが、AIがもっともらしい嘘をつく「ハルシネーション(幻覚)」という現象です。
AIは非常に優秀ですが、同時に「知らず知らず嘘をつく」危うさを持っています。もし、AIが捏造した情報をそのままお客様に伝えてしまったら? 契約不適合責任を問われるだけでなく、長年積み上げてきた「信頼」が一瞬で崩壊しかねません。
本記事では、なぜAIは嘘をつくのかというメカニズムから、実際に現場で起きた戦慄のトラブル事例、そして最新技術「RAG(ラグ)」やツール選定を駆使してミスを防ぐためのマニュアルをご紹介します。
なぜAIは「嘘」をつくのか?言葉を紡ぐ「確率」の仕組み
AIが嘘をつくのは、悪意があるからでも、間違った情報をわざと流しているからでもありません。それは、ChatGPTの「言葉を作る仕組み」そのものに原因があります。
AIは「確率」で言葉を繋いでいる
ChatGPTは、膨大なデータから「この言葉の次には、この言葉が来る確率が高い」という計算を繰り返して文章を作っています。
例えば「吾輩は猫である。名前は……」 AIは統計的に、次に「まだ無い」という言葉が来る確率が非常に高いと判断し文章を繋げます。
しかし、AIは「事実かどうか」を検証して話しているのではなく、「文章として自然かどうか」を優先して話します。その結果、知らないことでも「それらしい文章」を自動生成してしまい、人間から見ると「知ったかぶり」に見えるのです。
不動産業界で特に起こりやすい「幻覚」の例
不動産実務において、ChatGPTが間違いやすいパターンは主に3つあります。
法律や最新の制度
「令和〇年の法改正による、正確な減税率を教えて」といった質問に対し、古いデータや別の制度と混同して答えることがあります。
特定の地域情報・物件情報
「〇〇マンションの管理費はいくら?」「〇〇駅から徒歩10分以内にあるスーパーは?」といった質問に対し、ネット上の古い情報や、似た名前の別の場所の情報を組み合わせて、架空の回答を作ることがあります。
計算問題
意外かもしれませんが、AIは文章を作るのは得意ですが、複雑な算数は苦手です。仲介手数料や住宅ローンの返済シミュレーションをさせると、計算ミスをすることがあります。
Excel連携や計算機ツールを使えば正確ですが、チャット欄での単純な会話ではミスが起きやすいと覚えておきましょう。
「ハルシネーション」によるトラブルを防ぐ3つの対策
AIの嘘に振り回されないためには、以下の「3つの守り」を徹底しましょう。
対策1:必ず「ダブルチェック」を行う
AIが出した回答は、あくまで「下書き」や「アイデア」として捉えてください。
- 法律に関係することは、公的なガイドラインを確認する。
- 物件情報は、レインズや自社資料と照らし合わせる。 最終的に「責任を持つのは人間である」という意識が不可欠です。
対策2:役割(ロール)を与える
「あなたはベテランの宅地建物取引士です。事実に基づき、不明な点は『分かりません』と答えてください」と最初に指示を出すことで、嘘をつく確率を下げることができます。
対策3:参照データを与える
AIに丸投げするのではなく、「以下の資料に基づいて回答してください」と、手元にある正確なPDFやテキストを読み込ませた上で質問しましょう。これにより、AIが勝手に嘘を作る隙をなくせます。
「RAG(検索拡張生成)」という技術的解決策
では、どうすればAIに嘘をつかせずに済むのでしょうか? プロンプト(指示文)を工夫するだけでは限界があります。 最も効果的な対策は「RAG(Retrieval-Augmented Generation/検索拡張生成)」という技術を使うことです。
AIに「カンニング」を許可する
難しそうな用語ですが、仕組みはシンプルです。
- 通常(RAGなし): AIが自分の「記憶(学習データ)」だけを頼りに答える。→ 記憶違いや知ったかぶりが起こる。
- RAGあり: AIに「教科書(社内資料やPDF)」を持たせ、「この資料の中に書いてあることだけを使って答えなさい」と指示する。→ 書いてないことは答えないので、嘘が激減する。
誰でもできる「簡易RAG」の実践手順
高価なシステムを導入しなくても、ChatGPT(有料版)などで簡単に実践できます。
- 資料のアップロード: 正しい情報が載っている「物件販売図面(マイソク)」や「自治体のハザードマップPDF」をAIにアップロードします。
- 制約付きプロンプトの入力: 以下の指示を出します。
「あなたは厳格な不動産アドバイザーです。添付したPDF資料の内容のみに基づいて、物件紹介文を作成してください。資料に記載のない情報(築年数、設備、周辺環境など)は絶対に創作せず、不明点は『資料に記載なし』としてください。」
これだけで、「即興の解答」から「誠実な解答」へと生まれ変わります。
嘘をつきにくいAIはどれ?(モデル別比較)
用途に合わせてAIモデルを使い分けることも、リスク管理の重要なテクニックです。
| AIモデル | 特徴と不動産実務での適性 |
|---|---|
| ChatGPT (OpenAI) | 【創造性◎ 正確性△】 キャッチコピーやメール作成は得意だが、ハルシネーション頻度はやや高め。「もっともらしい嘘」をつくのがうまいので要注意。 |
| Claude (Anthropic) | 【読解力◎ 誠実さ◎】 長文の契約書やPDFを読み込ませるならこれ。文脈を理解する力が高く、「分からないことは分からない」と言う傾向が強いため、RAGに最適。 |
| Perplexity AI | 【検索能力◎ 出典明記◎】 回答のすべての文節に「情報ソース(URL)」を付けてくれる。「この情報はどこから?」という裏取り作業が劇的に楽になる。調査業務向き。 |
| Gemini (Google) | 【最新情報◎ 連携◎】 Google検索と直結しているため、最新のニュースや地価情報に強い。Google Workspaceとの連携もスムーズ。 |
結論: 文章作成はChatGPTやClaude、情報の裏取り調査はPerplexityと、「作るAI」と「調べるAI」を分けるのがプロの運用です。
組織で取り組む「AIリスク管理体制」
個人のスキルだけでなく、会社として「AIの嘘」を前提としたルール作りが必要です。
①「免責事項(ディスクレーマー)」の定型化
AIが生成した間取り図やパース画像、紹介文を掲載する際は、必ず以下の注釈を入れるルールを徹底しましょう。
※本情報はAIにより生成されたイメージであり、現況と異なる場合があります。契約の際は必ず現況および重要事項説明書の内容を優先します。
② ダブルチェックの「見える化」
「AIで作った書類」と「人間が作った書類」をフォルダ分けする、あるいはファイル名の末尾に「_AI作成」と付けるなどして、「これはまだ人間が検閲していない危険なファイルである」と一目で分かるようにします。
③ 「ハルシネーション共有」の実施
AIがどんな嘘をついたかを、朝礼などで笑い話として共有してください。「AIは嘘をつくものだ」という認識が組織全体に広まることが、抑止力になります。
AI時代だからこそ必要な「人間の経験」
AIがもっともらしい嘘をつく時代において、最も価値があるのは「あなた自身の経験」です。Googleの最新の評価基準でも、AIには生成できない「独自の実体験(Experience)」が重視されています。
- AIができること:「渋谷区の家賃相場」をデータから算出する
- 人間にしかできないこと:「渋谷区のこの坂道は、雨の日に滑りやすいから注意が必要」という現地感覚を伝える
AIに下書きを任せ、そこにプロとしての「肌感覚」や「現場のエピソード」を書き足すこと。これこそが、ハルシネーションを防ぐだけでなく、顧客に選ばれるコンテンツを作る秘訣です。
次は「AIエージェント」の時代がやってくる
現在AIは「チャットで答える」段階ですが、近年は「ユーザーの代わりに行動する(エージェント化)」段階へと進化しています。
例えば、顧客がAIに「来週の土曜に内見できる、渋谷の1LDKを探して予約しておいて」と頼めば、AIが不動産会社のシステムにアクセスし、手続きを完結させる未来です。
この時、AIが誤った情報を拾わないよう、自社のWebサイトやGoogleビジネスプロフィールの情報を常に最新・正確に保っておくこと(エンティティの整備)が、これまで以上に重要になります。AIの幻覚を防ぐことは、将来のAI集客を勝ち抜く第一歩でもあるのです。
AIは「優秀だが危なっかしい新人」。あなたが「編集長」になろう
ChatGPTなどのAIは、24時間文句も言わずに大量の文章を書いてくれる、非常に優秀な「新人アシスタント」です。しかし、彼らは自信満々に嘘をつく(ハルシネーション)癖があり、情報の裏取りや責任ある判断はできません。
これからの不動産実務における正解は、「AIに3割(下書き・調査)を任せ、人間が7割(事実確認・体験の付与・責任)を担う」という役割分担です。
- AIの役割: 膨大なデータから構成案を作り、たたき台を作成する(生産性向上)
- 人間の役割: 物件の「空気感」や「実体験」を書き加え、情報の正誤を最終判断する(信頼性担保)
AIの幻覚を怖がる必要はありません。重要なのは、出力された情報をそのまま鵜呑みにせず、不動産のプロであるあなたが「編集長」として赤字を入れ、責任を持って世に送り出すことです。
この「人の目」を通したコンテンツこそが、顧客からの信頼を勝ち取り、AI時代に選ばれるブランドには重要になります。
講師:ナカソネ
AI活用スペシャリストのナカソネです。ビジネスパーソン向けに「現場で使えるAI活用」をサポートしながら、少しでもAIに興味を持ってもらえるよう情報を発信しています!
